やりたいこと

37歳。若い?もう37歳?

うーん。なんとも言えないけれど、まだ遅くない 夢を追いかけるのはまだ遅くない

むしろ37だからこそ叶えることができることも。

小学生のころ、親友と夢を語ったことがあって。「将来は絶対バレーボール選手になろうね」と。

そこから中学、高校とバレー部に。

中学のころは先生がむちゃくちゃこわくて朝起きるのが億劫だった

朝練も足腰鍛えるためにうさぎ跳び。今じゃみないね。うさぎ跳びって体に悪いんだっけ

好きで始めたバレーがだんだんと嫌になっていって、それでも高校はバレーの強豪校へ

自分の実力が通じるわけもなく3年間ボール拾いで悔しかった

もちろんコートに立つことを目標としていたんだけど途中から違う方向で頑張る方法を見つけないと、ずっと悔しい三年間で終わってしまうと思い、何を思ったかというと、応援でチーム一番になってやると決めた

チームは多く40人いるなかコートに立てるのはわずか6人

34人は補欠なわけで。でも自分は、ただの補欠は嫌だったから、試合が近づくとカウントダウンカレンダーを作成したり、学校中に貼りまくるポスターを作成したり。顧問の先生からは「チームTシャツのデザインを考えてくれ」だの「横断幕を新しくデザイン考えてくれ」だのデザインも頼まれるように。でもそれはチームに欠かせないものだから、それらもひっくるめて「応援」

声出しでは体育館に鳴り響くほどの大声で喝を入れ、合宿では夜の出し物で率先して笑いをとり、先輩の送る会では指揮をとりまとめあげました。

今おもうと、現在の私のやりたかったことがすでに高校の時にやっていたんだと思う

コートに立てなかったことは悔しいし、なによりも部活のお金にかかった大金を親に出してもらうのも申し訳なかった。

だからこそ、何かで成果をあげてやるという気持ちが結果、自分の得意とすることで貢献できた

人をまとめること、人と人をつなぐこと、あきらめちゃダメだという空気を作ること、物をつくること、考えること、アイディアを出すこと、そしてそれらを形にすること。

勝てない場所でもがいても2番か3番どまりならば、いっそのことレールを外れて自分の得意を生かす場所を見つける方がいい。

ある方の言葉にこんなものがあります↓

「人が自分を見失う瞬間はひとつだ。正解のレールに乗ったとき「あの園に入らないと次へいけない」「この点数を取らないと高校にいけない」「この会社で昇進しないと価値がない」そうやってみんなが同じ方向を向かされる。誰かが決めた評価基準に従うことが正しい生き方みたいな顔で押し付けられる

そして気づく

40代になってふと息が詰まった夜

「俺、私、、、、本当は何になりたかった?」

答えはずっとあった

忘れただけだった

子供のころの自分は知ってた

意味も金も承認もいらなかった

ただ、心が震えるものに手を伸ばしていた

やりたいことが分からないんじゃない

感じる力を置き去りにしただけだ

人生は正解を探すものじゃない

心が勝手に前に出る方向へ生きるものだ」

、、、、、。共感

自分のやりたいことは「創る」ということ

モノ、人脈、組織、仕組み

ゼロから1を創ること。

さてこれからどう動こうか

そのために何が必要か?

動いて失敗してまた動いて進む

これしか無い!(^^♪

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